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「大義親を滅すとでもいうか、徳川家のために、仮令、本物であろうとも、贋者として処置しなければならぬ」
 信祝は、茶を下へ置いて、朱塗火鉢を撫でながら
「その訳は――下世話にいう、氏より育ち、二十を越すまで、素性卑しく育った者を、この城中へ入れることは、いろいろと弊がある。二つには、この周囲には、浪人者の不逞な徒輩がいるらしい。この者の処分に万一口出しでもあって、そのままに附けておくと成ると、患いの種を蒔くことになる。御当家万代のためには、忠直、忠長、忠輝と、いろいろの例もあり、この事は、お上も、よろしく取計らうようとの御言葉もあり、よし、本物であろうとも、贋者として、越前――処分してもらいたい、何うじゃな」

「そりゃ君、又右衛門が棒だと知っていたから撲らしておいたのだよ」
 と説明するがこれは、氏の機智意外に面白い解釈である。棒位なら時として撲らしておいてもいいというのは武術の心得の一つである。
 宮本武蔵の二刀流を伝えた細川家の士(さむらい)に都甲太兵衛(とごうたへえ)と云う人がある。一日(あるひ)街を行くと人が集って騒いでいる。聞くと、
「角力取(すもうとり)らしい男が人を斬って、あの空屋へ逃込んでいるが捕える手段(てだて)が無くて困っている」
 と云うのである。
「何か壁を壊す物があるまいか」
 と聞くと、杵(きね)をもって来た。太兵衛はそれで壁へ穴をあけると、のそのそと尻から先へ押入っていった。いかさま不思議な入り方である。太兵衛が曲者を捕えて人々に引渡した時に、
「尻から入るは、どうした訳で御座りますか」
 と聞くと、
「あいつめ異な事をする奴だわいと、呆んやり見ていたからすぐ捕える事ができたのだ、それに尻なら少々斬られたって大事が無いからな」
 と答えた。この尻の逸話(はなし)から推すと、又右衛門の腰も、
「棒なら大事ないからなあ」

「来馬では無かろうか。」
 と、一人が一人にこっそり耳打した。そしてその一人は頷いた。
「君が、何んと声をかけた時に、くる、と云ったのだ。」
 と、もし聞く人があったなら、来馬への懸疑はいくらか薄くなったかも知れぬが
「対手は? 手懸りは?」
 とばかりしか考えていない若侍共に、そうした探偵法は気がつかなかった。そして、耳打から、小声になり、一番思慮の無い男が
「来馬で無いか。」
 と云うに到って事いささか重大となってきた。